未来への鼓動、世界が変わった 心臓移植は新たな人生の始まり

未来への鼓動、世界が変わった 心臓移植は新たな人生の始まり

産経新聞 令和4年3月19日配信

補助人工心臓を装着しながら待機を続けてきた子供たちにとって、心臓移植は新たな人生の始まりとなる。夢や希望を実現しようと、学校や社会に羽ばたいていく子供たち。

命をつないでくれた臓器提供者(ドナー)に感謝の気持ちを抱きながら、それぞれが幸せに生きる道を探し、歩みを進めている。

■病床で描いた夢

「ここまで生きられるとは思っていませんでした。やりたいことがいっぱいあります」。

東京都内で働く女性(21)は、15歳で心臓移植を受けて以降、病院のベッドで描いていた夢を、少しずつかなえてきている。明日をも知れぬ日々を送り、夢の実現は、はるか遠い世界にしか思えなかった子供時代。今は「普通に生きる」ことの意味をかみしめ、自ら未来を切り開いている。

「世界」が変わったのは6年前のことだった。その日、入院生活を続けていた病室に、医師らが大勢入室してきた。

みんな笑顔だった。

「決まったよ」。臓器提供者が現れ、心臓移植手術が行われることを告げられると思わず涙がこぼれた。

翌日、移植手術を実施した。目覚めたときに最初に感じたのは、それまで体験したことのない鼓動。ドクドクと、隣で大太鼓をたたかれているかのような大きな心臓の震えが、新たな人生の始まりを告げていた。

闘病生活は、生後数カ月で始まった。風邪が治らず、せきや熱が続いた。病院で診察を受け、すぐに大病院へ運ばれた。病名は拡張型心筋症。薬で一時は落ち着いたが、小学3年の終わりから症状が悪化し、6年生のころには常に入院するようになった。

ほどなく、当時治験中だった小児用補助人工心臓を装着。胸に着けられた体外式のポンプはチューブで駆動装置とつながっていた。約2メートルのチューブが届く範囲が、彼女の世界だった。

■普通を謳歌

移植により、その世界は無限大に広がった。

退院後は勉強を重ね1年遅れで高校に進学した。免疫抑制剤を飲むことや、皮膚がんの恐れがある過度な日焼けを避けること、胸への強い衝撃に気を付けることなど注意点はあったが、その他は普通の女子高生として青春を謳歌(おうか)できた。

体育祭や文化祭、沖縄への修学旅行にも参加した。一番思い出深いのは、クラスの企画で学年最優秀賞を勝ち取った高校3年時の文化祭。「周りから見ると変だったかもしれないけど、私だけ『よっしゃ!』と叫んで喜んだ」。入学から卒業まで、不自由なく学校に通い切れたのは高校が初めてのことだった。

現在は都心部のオフィスで事務職として働く日々を送っている。今も12時間ごとに免疫抑制剤を服用しており、新型コロナウイルスの感染拡大は悩みの種だ。もっとも感染症への注意は新型コロナに限ったことではない。医師には一般的な感染対策を徹底すれば大丈夫と言われている。「マスクして手洗いうがいをして普通に生活してます」

■感謝を胸に

無事に20歳を迎えた一昨年、主治医から許可をもらい、お酒を一口飲んでみた。大人の証しとして12歳のころからずっと憧れていた飲酒。最初に飲んだのはレモンサワーだった。「めっちゃうまい!」。大人になれたことを実感した。

次の夢は自分でレストランを開くことだ。料理が好きで栄養学も好き。小学校の時は給食の時間が一番楽しみだったが、入院生活でほとんど食べられなかった。だからこそ、いつか、病気の人も一緒に食べられるような店を開きたい。そんな夢を描く。

移植が決まる前は、チューブにつながれた半径2メートルの世界で一生を終えると思っていた。だが、たった1日で世界が変わった。

「私は、たまたま手術ができて成功した。入院中に移植できず亡くなった友達もいる」。だからこそ「心臓移植がどれだけ世界を変えてくれるか、多くの人に知ってほしい」と思う。

常にあるのは、6年前に心臓を提供してくれた人への「ありがとう」の思い。その言葉を胸に、これからも歩き続ける。(永井大輔)

■高い水準 日本の移植後生存率

日本臓器移植ネットワークによると、平成9年の臓器移植法施行以降、2月末時点で国内では640件の心臓移植が行われ、うち20歳未満の患者への移植は76件だった。

日本の心臓移植後の生存率は、他国と比べて高い水準にある。日本心臓移植研究会のまとめによると、18歳以下の小児心臓移植では、移植後の10年以内生存率が98%に上る。背景にあるのは、移植を受けた「移植者」に対する移植手術を実施した各施設のフォローアップの手厚さだ。

移植者は、自身の免疫反応が移植された心臓を拒絶しないよう「免疫抑制剤」を毎日服用する必要がある。これにより病原体からの防御機能が低下するため日常生活にはさまざまな制限がかかる。特に集団生活などでの感染症のリスクが高い小学生の時は日常的にマスクを着用し、動物には触らないなど感染症対策を徹底しなければならない。心臓に神経がつながっていないため、急に走り出すことができないことなども理解しておく必要がある。

移植に関わる医師は、移植者本人や家族に対し、生活上の制限を受け入れて日常生活を送るよう指導することはもちろん、移植者が通う学校などの教育現場に、生活上の制限を丁寧に説明するなど、周囲の理解を求めるフォローアップを欠かさず行っている。

こうした制限を乗り越え、心臓移植を受けた子供たちは復学や就業を果たしてきた。高校球児、チアリーダー、医学部生、栄養士、中学校教師、化粧品会社勤務など、活躍の場は多岐にわたっている。

「移植を受けた子供が社会に出られるようにすることが大事だ」と話すのは、国立循環器病研究センターの福嶌教偉(のりひで)移植医療部長。そのためには早期の段階での移植が求められるが、平成22年の改正臓器移植法施行以降、増加傾向にあった臓器提供者数は新型コロナウイルスの流行で落ち込んでいる。福嶌部長によると、コロナ禍で病院での家族との面会が制限されており、子供が亡くなったときに「(臓器提供の)同意をとるのが難しくなっていることが考えられる」という。

また、福嶌部長は臓器提供者の家族へのケアが不足していると指摘。「提供者がもっと社会から評価されないといけない。提供者の家族が胸を張って生きていけることが大切。そういう土壌を作らないと、提供者は増えていかない」と訴えた。

■救えるはずの命、救えていない現実も

≪東京女子医大循環器小児科元教授・中西敏雄氏≫

重症心不全の子供たちの体は綱渡りの状態にある。補助人工心臓の装着で命をつなぐことができても、機材につながれ、さまざまな合併症のリスクにさらされ続ける状況は変わらない。患者は極めて不安定な状態の中に身を置き続ける。

しかし、心臓移植を果たせば、子供たちは見違えるほど元気になる。しばらくすれば、普通の子供たちと同じように、元気いっぱいに体を動かして学校生活を送ることも可能になる。

心臓移植で救われる命がある一方、臓器提供者を待ち続けながら亡くなっていく子供たちもいる。日本は諸外国に比べドナー数が格段に少ない。新型コロナウイルス禍で状況は厳しさを増している。救えるはずの命が救えていない現実があることが残念でならない。

移植機会をさらに広げていく上で重要になってくるのは、脳死に対する国民のコンセンサス(合意)の在り方だと感じている。多くの先進諸国がそうであるように、「脳死は人の死」であるとの共通認識の下、移植医療への理解を深める議論を積み重ねていくことが何より重要だ。

患者は日常を取り戻しても、定期的な通院や検査入院が必要となる。遠方に暮らしていれば、交通費や付き添う家族の宿泊費なども負担としてのしかかる。移植後の患者や家族をどう支えていくのか、支援体制の在り方についてしっかりと向き合っていくことも課題の一つといえる。(談)

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