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移植待機 離ればなれの家族、遠い帰郷

2022.2.26

産経新聞 令和4年2月26日配信

心臓移植を待つ子供たちの多くは、弱った心臓を助ける補助人工心臓を装着し、容体を悪化させないよう細心の注意を払いながら命をつないでいる。

しかし、こうした患者に対応できる病院は限られている。病院が自宅から離れた場所にあったり、ほかにきょうだいがいたりする場合は、1つの家族が2カ所に分かれる〝二重生活〟を強いられることも少なくない。

長期にわたる待機生活。患者や家族が抱える苦悩は大きい。

■妹弟に「会いたいな」

小学4年の佐藤陽菜さん(10)=仮名=が故郷の岩手県を離れ、東京都新宿区の東京女子医大病院で入院生活を始めたのは昨年8月のことだった。それから半年。植え込み型の補助人工心臓を装着した陽菜さんは25日に退院し、入院中から付き添ってくれた母の寛子さん(36)=同=と院外で生活を送ることになった。

岩手では父(35)と妹(7)、弟(5)が待っているが、一緒に暮らせる日が来るのはまだ先だ。「お母さんを独り占めできる」。入院中は、そんな強がりを口にしてきた。

とはいえ、妹と弟は入院以降、直接会えていない。「2人に会いたいな」。ぽろりと本音も漏れる。

■岩手と東京と

以前は友達と外で遊び回る活発な子供だった。しかし昨年6月、突然原因不明の嘔吐(おうと)と体のむくみに襲われ、状況が一変した。

県内の総合病院で受けた検査の結果は「拡張型心筋症」。長い入院生活の始まりだった。医師には、心臓移植に向けて動き始めたほうがいいこと、さらなる精密検査が必要なことを告げられたが、岩手に対応可能な病院はなく、8月末に東京女子医大病院への転院が決まった。

小学4年の子供を一人で入院させるわけにはいかないが、家族の生活基盤は岩手で、妹と弟の世話もある。一家は、岩手と東京の〝二重生活〟を選んだ。

■「大人用」装着

転院後は補助人工心臓を装着することになった。体重が20キロほどの陽菜さんは小児用補助人工心臓「EXCOR(エクスコア)」を装着するはずだった。

しかし、新型コロナウイルス禍による臓器提供の減少などから、心臓移植を受けエクスコアを離脱する患者がなかなか出なかった。使用可能なエクスコアは全て患者に装着されていた。

一方、体が大きな大人が使う植え込み型補助人工心臓「HeartMate3(ハートメイト3)」なら空きがあった。子供は心臓も小さく血液の流量コントロールが難しい。小さな体にポンプを植え込むリスクもある。しかし、このままでは移植まで命をつなげない。医師団は慎重に検討を重ねた結果、陽菜さんにハートメイト3を装着した。

メリットもあった。約2メートルの管で小型冷蔵庫ほどの大きさの駆動装置につながれ、動く範囲が限られるエクスコアに対し、ハートメイト3の駆動装置は重さ約2・2キロ。常に持っていなければならず負担はあるが、バッグに入るため自由に動き回ることも可能だ。

「ハートメイト3を装着してから、陽菜は格段に元気を取り戻した。感謝しかない」と寛子さん。装着後も順調に推移し、病院側は院外で生活できると判断、25日の退院にこぎつけた。

■ささやかな夢

しかし、退院は岩手に帰れることを意味するわけではない。補助人工心臓の故障や血栓の発生、感染症への対応などに備え、陽菜さんは管理可能な病院近くで生活することが求められている。ゆえに帰郷は陽菜さんが心臓移植を受け、元気になることが条件になる。

家族の負担は今後も続く。保健所のパートをしていた寛子さんは仕事を辞めており、一家の収入は減少している。実家の助けを借り妹と弟の面倒を見ながら仕事を続ける父も、必要に応じて上京するが、交通費や宿泊費を考えると、そうそう頻繁にはできない。

それでも、外を元気に走り回った日々が戻ることを家族の誰もが信じ、待ち続けている。

退院した陽菜さんは今、ささやかな夢を抱いている。「大好きなポケモンのグッズがあるポケモンセンターに行きたいな。あと、またラーメンも食べたいな」。元気な子供なら造作もないことを切望する。それが待機患者の現実だ。(橘川玲奈)

■付き添い、疲弊する保護者

国内で心臓移植を待機している子供の家族は、どのような悩みを抱えているのか。

一般的に病気で入院する乳幼児らの世話は「入院基本料」に含まれているが、入院中の子供の精神的サポートや発達促進の側面からも家族の関与は欠かせず、特に子供の補助人工心臓装着には、親の付き添いを条件とするケースが多い。

とはいえ、一日中病室で容体を気にかけながら子供の世話を続け、夜は簡易ベッドや子供の小さなベッドで寝泊まりする付き添い家族の負担は大きい。

「ゆっくりご飯を食べたりシャワーを浴びたりする時間もない」「自分の食事は毎日コンビニで購入するしかない」「大部屋で神経を使い、寝られない」

日本小児循環器学会移植委員会の副委員長で国立成育医療研究センターの進藤考洋医師によると、心臓移植を待つ子供の親へ聞き取り調査を行ったところ、心身の疲弊を訴える声が多く上がったという。「ご家族は子供のためと思って頑張っているが、自宅のようにリラックスできず、精神的に休まる時間がない。抑鬱状態になる方もいる」。進藤医師はこう説明する。

聖路加国際大とNPO法人「キープ・ママ・スマイリング」が令和元年12月~2年2月にウェブで行ったアンケートでは、1カ月未満の短期で入院した子の保護者の85%、長期入院した子の保護者の86%が、それぞれ付き添い入院をしていたと回答。仕事をしていた親らのうち、7割が子供の入院で就労状況を変更していた。また、付き添い入院をした保護者の半数以上が体調不良になったといい、食事のバランスが乱れたり睡眠不足になったりした人はいずれも9割以上に達した。進藤医師は「経済的なサポートは大事だし、家族の付き添い自体をサポートする社会の仕組みも必要だ」と訴える。

一方で、患者と家族との面会時間の短さに悩む声もある。もともと小児病棟は感染症予防の観点から、子供の面会を制限しているところが多いが、新型コロナウイルスの感染拡大で、今は親の面会時間さえも制限されるようになっている。

「子供たちの発達を考えれば、いろいろな人に会ったり、経験をしたりすることは大変重要だが、感染予防を考えると、現状は厳しい」と進藤医師。「病院としても入院している子供の社会性をはぐくむより一層の努力が求められている」としている。

■温かい支援の心、大きな支えに 国立成育医療研究センター・賀藤均病院長

エクスコアの装着手術後、子供たちはパニックを起こす。麻酔から目覚めると体から太い管が出ており、大きな駆動装置とともに移動する生活が始まるからだ。そのような生活では、親がそばにいることが、何事にも代え難い精神的な支えとなる。

ただ、付き添う親は、さまざまな生活制限がある中で感染症対策に神経をすり減らし、経済的負担も抱えることになる。新型コロナウイルスの感染拡大で、こうした負担はより大きくなっている。子供たちも、新型コロナの影響により、季節の行事などで集まることができず、同世代の友達と遊ぶ機会がますます失われている。

こうした親子には、できる限りのサポートをしたいと思っている。例えば、離れて暮らす家族とコミュニケーションを取るため、特別に臨場感のあるオンライン会議システムを用意し、定期的に利用してもらうようにしている。

また、心身の発達を促すため、病児や家族を支援する「チャイルド・ライフ・スペシャリスト(CLS)」や病棟保育士が、子供の状態に合わせた遊びを提案。特別な訓練を受けた「ファシリティドッグ」が定期的に病室を訪問するといった取り組みもある。

加えて明美ちゃん基金のような支援の取り組みも、引き続き重要だ。経済的な面だけでなく、支援を通じて感じる温かい心や安心感は、患者や家族にとってこれからも大きな支えとなるだろう。(談)

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